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2005年12月23日 (金)

『しゃっくり百万べん』 矢玉四郎

Photo_24 この人の本、好きだったなぁ~。

「はれときどきぶた」とか。。。

この本も、読んだことあったなぁ、と思いながら読みました。


いや、面白いわ、やっぱり。

本の詳しい内容は忘れとったのに、「しゃっくりを百万べんすると死ぬ」ということだけは、すごくよく覚えていた・・・。

よっぽど怖かったんかもしれんなぁ。

そういや、出てくるものが、なんだか“ジュマンジ”みたいじゃわ。

最後に元通りになるあたりも。


ページ右側の「コネタ」がなかなか良かったです。

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2005年12月22日 (木)

『アバウト・シュミット』

Photo_23 誰かに必要とされることって、すごく嬉しい。
もしそれが無くなってしまったら、と考えたら、何か怖い。
私は、自分で自分を必要とするだけで生きていけるほど、
強くないけん。

あるとき突然に一人ぼっちになってしまったシュミット。
どこへ行っても、自分の居場所がなくって。
壊れてしまいそうになるだろうな。
だから、旅にでる。
ちょっと、滑稽な。

愛する娘が、バカな男と結婚しようとしていても、
それをとめることすら出来ない。
すごい無力感だろうな。
この話全体が、シュミットの喪失感と無力感で満ちているような気がする。
最後の手紙のシーンをのぞいては。

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2005年12月19日 (月)

『いやいやえん』 中川 李枝子

かわいい話なんだけど、時々、ドキッとさせられる。

子どもの私が思っていたことを、今になって見せられて、その世界の大きさに、驚かされた感じで。


最近、色んな事が面倒くさくって、いやになっとったんよな。

でも、試しに、いやなことを全然やらんくなってしまったら、楽しいことすら楽しくないんだろうな。

そんなことを忘れて、つい、「いやだ・いやだ」って言っちゃう。

気づけてよかった。


しげるくんは、みんなが持ってる「子ども」の姿そのもの。

時には自分自身であったり、時には友達の思い出であったり、また、今を生きる子どもであったり。

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2005年12月17日 (土)

『ぼくは王さま』 寺村輝夫

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児童文学を読むのって、結構好きかも。

1冊目として、「ぼくは王さま」です。

児童文学って、すごい久しぶりに読んだなぁ。

すごくあっという間に読めてしまうんだけど、

「あーなんだか、子どものもつ独特の世界観ってあるよなぁ。」ってしみじみ思ったり。


出てくる王さまは、すごくわがままで、大臣たちを困らせてばかり。

でも、憎めない。

なんでだろうって思ったんだけど、たぶんそれは、「完璧じゃない」から。

世間知らずの王さまの行動は、すごく滑稽で、

でも王さまは自信たっぷりで満足してて。可愛くさえもある。

うまくいかなくても、常に前向きな王さま。

だから、こっちも「頑張れ~!王さま!」って思っちゃうんだろうなぁ。

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2005年12月15日 (木)

『蝶々の纏足』 山田詠美

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主人公・瞳美の「纏足」的存在だった、えり子。

「完璧」なものに対するコンプレックスって、私はすごく良くわかる。

相手の振る舞いすべてが、気に触って、そんな風に思う自分がより嫌いになる。

どんどん、嫌いになって。

その束縛から逃れるには、意識的に距離をおくしかないんよな。

変に勝とうとして優越感をもとうとしても、それは一時的なものにしかならないから。


でも、相手の気持ちの本当のところは分からない。

えり子の本当の気持ちは、どうだったんだろうか。


甘ったるくて、でも苦くて。

苦しいのか、眠いのか。

そんな感じのする本を、山田詠美さんは書かれると感じた。

私には、瞳美がやったようなやり方で大人に成ることは、無理だなぁ。

男の人の体を「味わう」ことで大人になるやり方は。


「纏足」って、いったんしてしまうと、そう簡単にもとに戻るもんでもないよなぁ。

例え、そのクツが脱げても。

いったん歪んでしまったものは、もう戻れないのかもしれない。

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2005年12月11日 (日)

『この社会の歪みについて―自閉する青年、疲弊する大人』 野田正彰

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今の社会というものについて書かれていた本で、非常に読みやすかった。

現代の若者と呼ばれる人たちの歪み。

その原因を若者たち自身の問題にしてしまわず、

社会構造に目をむけるという考えはすごく大切だと感じた。


本の中に出てくる「若者像」に、私もすごく共感してしまった。

「幸福感を感じていない」とか、「人に自分の考えを主張できない」とか。

そして、そこに潜む「歪み」に、多くの若者は気づいていないと感じた。

気づいたとしても、それはニートやフリーターといった形で現れることとなり、積極的な解決につながらない。

ニートやフリーターをそのような観点からみるという考えに、なるほどなぁ、とも感じた。


私たちは、そろそろ「歪み」に気づくべきなのだろう。

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2005年12月 7日 (水)

『ムーンライト・マイル』

Photo_18 『真実はつらい -たとえ色やスタイルが気に入らなくても受け入れないと』
人が亡くなるっていうこと、私はよく分からない。
大切な人を失ったことがないから。
でもきっと、表しようのないくらいの悲しさが訪れるんだろう。

そして、なくなったものって、やっぱり「良かった」って思ってしまう。
自分で意識しないうちになくなったものを絶対化して、
だから、よけいに苦しくなるんだろう。 なんてことを思ってみた。
全然、わかんないんじゃけどね。実際に、そういう立場にたってみないと。

ただ、「現実を受け入れる」のは、すごく簡単なようで、
すごく難しいことなんだ、っていうのは、なんとなく感じる。

「ムーンライトマイル」分だけ先にあるものは、きっときれいに見えちゃうけど、大切せんといけんものは、もっと近くにあるのかもしれんなぁ。

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『すいかの匂い』 江國香織

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江國さんの短編集。

「夏」がその話たちの根底にあって、でもそれは、すこし歪んだ「夏」だと思った。

暑くて、けだるくて。

それでいて、たとえば、ひっそりとした日陰に一人でいるような、そんな感覚。

嫌いじゃない。


それから、ちょっと怖いような。

でも、それを感じていたいような。

そんなの。


「子ども」が出てきたけど、世間一般にいう「子どもらしさ」を表に現さないような子たちばかりだった。

それでいて、彼女たちはやっぱり「子ども」で、

その窮屈さというか、ギャップというか、

そういうのがあって。

いや、でもきっと、子どもって別にみんな無邪気な面ばかりをもつ訳じゃないし。

大人が思う以上に、暑い夏の裏側も知っているのかもしれない。

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2005年12月 3日 (土)

『ターミナル』

Photo_21 思っていたのとは違ったかも。
もっと、ダーって泣いちゃうような映画かと思ったんだけど。
そうでもなかったかも。
でも、嫌いじゃないわぁ。

「待つ」ってことは、やっぱ素敵だと思うなぁ。
「ターミナル」っていう場所が、またいい。
そこは、これから旅立ってゆく人が集う場所だから。
そこで自分だけ旅立てず、「待つ」。大切な時がくるのを。
そんな中、いろんなエピソードもあったし。
あの、仲間でレストラン(?)みたいなのをやるのが良かったな。

「待つ」中にも、いろんな出来事があるよな。
決して無駄な時じゃない。

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『下妻物語』

Photo_19 土屋アンナちゃん、素敵☆☆
かっこいい~~!!
そして、かわいいし。
深田恭子ちゃんも、ハマってます。

みんな、すっごく好き勝手に生きてるなぁ。
潔すぎて、うらやましい。
見てて、すごく気持ちいいよなぁ。
「ひとりだけど、ひとりぼっちじゃない」かぁ。
そうよなぁ。
私は、一人でいるのが結構好きだ。
でも、だれかといるのも結構好き。
これって、矛盾することじゃないんじゃなぁ。

映像が鮮やかでみてて楽しかった。
色もだし、背景も、鮮やかなかんじで。
「飛ぶキャベツ」とか、めっちゃええわぁ。
アニメもあるし。

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『島物語Ⅰ』 灰谷健次郎

Photo_5 この本、いいなぁって、すごく思った。

「生きる」っていうことは、すごく大変なことで、私たちはたくさんの命に囲まれて生きているんよな。

そういうのって、日ごろは忘れてしまっていたりして。残念なことに。

だから、そういうのを改めて突きつけられたようで、はっとした。

私は、たくさんの命を頂戴して、「生かされている」んだよなぁ、って。

だったら、絶対、ちゃんと生きなきゃ。


大人になるにつれて、なんやかんや色々と難しく考えすぎてしまうのかもしれん。

主人公のタカユキは、たくさん考える大人を「不便だ。」と言った。

本当は、世界ってやつは、もっと単純なんかもしれん。

でも、考えずにはいられない。

だから、少なくとも、子どものころに、「大人って何でそんなに難しく全部を考えるんだろう?」

って思っていたことくらいは、忘れたくないな。


話の中で、たくさんの魅力的な大人が出てくる。

何で、彼らが「魅力的」に映るのか、考えてみた。

多分ね、ちゃんと「生きてる」からなのだろうな。

人と、自然を相手にして、ちゃんと向かい合っているからなんだろうな。


これって、まだ途中よなぁ?

続きを読まねば・・・。

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2005年12月 1日 (木)

『ベルヴィル・ランデブー』

Photo_20 ジブリライブラリー」って一体なんぞや?
と思いつつ、実はジブリの作品だと思いながら見ていたら、実は違ったようで。
でも、なかなか面白い映画でした。

まず、「言葉」が極端に少ない。
その分、出てくる「言葉」がすごく効果的に入っていたなぁ。
「音楽」が色々と語っていて、あとは登場人物の見た目であったり、行動であったりが、それだけで色んなことを表していた。
そういうのって、なんかカッコいい。

登場人物もの見た目も、すごく面白い。
おばあちゃんはすごく小柄だし、孫は脚が異常に発達していて、鼻が妙に高くって。「敵」はすごく固い感じだし、都会に行くと太っている人ばかりだし。

あと、三人の歌手のおばあちゃんたちがカエルを食う姿には、まいった。いやぁ、あれはちょっと・・・。おかげで、おばあちゃんたちの声までカエルみたいになってたし。

最後の意味深な終わり方も、いろいろと考えちゃうよなぁ。

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