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2006年7月25日 (火)

『絵本を抱えて 部屋のすみへ』江國 香織  

江國さんは、あらゆるものを愛することができる人なんだろうなぁって思う。

絵本に対する姿勢って、なんかその人の人となりがわかるなぁ。江國さんのように、めいっぱいの愛情でもって、絵本の中の空気や世界やなんかを愛せるなんて、すてきです!

絵本を読むのは私も好きだけど、あんまりいつも深くは考えずに、読んでいます。

まー、絵本ってそんなに深く考えるもんでもないしね。感覚で見るものなんだろうし。

でも、文字を追って、画はおまけ、みたいな読み方はしたくないよなぁ、とは思っとった。だから、絵本を読むのには実はすごく時間がかかる。贅沢な時間だなぁっておもうなぁ。

絵本をいっぱい読みたくなってしまったなぁ。

あとは、一人暮らしの私の部屋にも、ふとした時に読むことを許してくれる絵本にいてほしいなぁ、とすごく感じたのでした。

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著者:江國 香織
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2006年7月18日 (火)

『いじめの時間』 江国 香織 他

いじめをテーマにした短編集。

始めの方の話は、読んでて正直、ヘコんだ。もう、なんか、救いがなくって・・・。

お話の最後には何かまぁ、「なんとかなる」とでも言えばいいのかなぁ、その、納得のいく結末がまっているのかなぁと思って読むわけなんだけど、それがないの。

いじめが終わるでもなく、良い状況になるわけでもなく。ただあるのは、残酷な現実だけで。

でもきっと、それが「現実」なんだろう。何にでも救いを求めるのは、甘いのかもしれません。

それから、「いじめ」というと、やっぱり学校がからんでくる。閉鎖された空間。四角い箱。

そんな中で、特に、校庭の描かれ方が特徴的だったと思う。

角田光代さんの『空のクロール』でも、野中柊さんの『ドロップ!』(←このお話は、途中から主人公が物理的にバラバラになってものを感じるという、ぶっ飛んだ世界にいっちゃってて、びっくりした)でも、校庭は、学校の中にあって、光を受けている唯一の場所だった。外の世界に直接通じているからなのかもしれないなぁ。

学校という場で、いじめがなくならないのは、人間の本能が、人よりも上の立場にいたい、って思っているからなのかもしれない。私にもそういう部分を感じる時もあって、たまらなく自分が嫌になるけど、そんな気持ちが歪んで出てきた形が「いじめ」なのだろう。

なーんて、そんな風にいえるほど、私は出来た人間じゃないけどねぇ。

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著者:江国 香織,角田 光代,稲葉 真弓,野中 柊,湯本 香樹実,大岡 玲,柳 美里
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『グッバイ、レーニン!』

「理想の世界」を描き続けた主人公。

東西ドイツの統一で、西側の文化が東側に流れこんできたわけだけど、主人公のアレックスはそれを必死に、母から隠そうとする。

始めは、お母さんに見せるつもりで必死になって、社会主義の世界を演出していたんだけど、それがだんだんと自分自身の「理想の世界」を作っている行為になっていくんよな。

特に、子どものころのあこがれていた宇宙飛行士を、西ドイツの偉い人にしちゃう辺りなんか、「理想」以外の何者でもないよなぁ。それがなんだかいじらしい。

お母さんが家から外に出ちゃったときの、レーニンの像が空を飛んでいたあの画は、なんだか圧倒させられるものがあった。あれはお母さんの「理想」をそのものだったから。ぐるぐる、広場をまわって映し出されるレーニンとお母さん・・・・。

私は、歴史に詳しくないので、東西ドイツ統一とか、あんまり深い政治的事情はわかりません。

でも、だれかの「理想」が崩れて、あたらしい世界がやってきたんだということは分かった。

アレックスがお母さんに見せ続けた「理想」は、まったくの作り物だったけど、でも、お母さんにとっては最後までそれが「真実」だったんよな。それならそれで、良かったんだろうなと思う。

人の目に映る世界が、どんなに理想と違うものであっても、信じれば、時には理想どおりにもみえるのかもね。

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2006年7月11日 (火)

『この胸いっぱいの愛を』

『黄泉がえり』の別バージョンな感じ。

でも私は前の『黄泉がえり』の方が好きだなぁ。。なんか、こっちは、いかにも泣かせよう・泣かせようとしていて、でもなんとなく泣けない感じ。まー、泣ける映画が「良い映画」というわけでは必ずしもないけど・・・。

4人の人間が、死ぬ前に過去に戻って、後悔していたことにケリをつけてから死にゆく、という話で、その中でも、伊藤英明さん演じる“ヒロ”がミムラさん演じる病気で余命わずかのかずみお姉ちゃんに思いを告げ、生きる望みを与える、というエピソードがベースになってました。

でも私は、宮藤官九郎演じる、陰のうすーい青年が、近所の花壇を荒らしたことへの悔いを詫びるエピソードの方が好きでした。

こんな風な、何てことないことのほうが、私は好きなのだろうな。

かずみ姉ちゃんだけ生き残って、何で私だけ生きてんだ・・・ってなって、でも、「生きろ」て声がささやく・・・って言うけど、なんかそれじゃあ、何で生きてんだっていう問いへの答えになってないように感じて。

私がひねくれているだけなんかもしれんなぁ。

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2006年7月 3日 (月)

『見張り塔からずっと』重松清

なんか少し悲しい、3組の夫婦のお話たちでした。

あとがきを読むと、重松さんが常に「見張り塔」からものを見ている視点でものを書いている、という話がありました。どういうことかっていうと、「見張り塔」にいる人は、何もない様子をみるために存在していて、何もなければ平和なんだけど、その人がその日一日そこにいた意味もなかったということで・・・。で、もし、何かを見たならば、町の人の平和をくずすことになるんよな。その上、「見張り塔」にいる人は、「異常がある!」と叫ぶことしかできない。

なんてことだ、と思いました。なんか、測り知れない悲しさみたいなのがそこにはあるんだろうなぁって。

そういう、“どうしようもないこと”って、でもきっと、現実にも多いんだろうな。

もう、あがきようもないこと。抵抗すらできなくなってしまう。

「扉を開けて」が印象的でした。最後のシーン、屋上から落ちてきたのは、一体何だったんだろう・・・。

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『六番目の小夜子』 恩田陸

学校という空間に対する違和感を、私も最近感じていて、だからこの作品の中で秋(しゅう)が感じたことにすごく共感出来た。

学校って、やっぱり世間と切り離されて存在している感じがして、そこだけに通じるルールやしきたりみたいなのが、存在しえる空間なんだと思う。

それはぞっとするような感覚でもあり、また、だからこそ、魅入られるかんじもする。

「小夜子伝説」はまさにそれ。津村沙世子という女の子の転校は、明らかに異質なものの学校への侵入なんだろうなぁ、で、異質なものは、何かを運んでくる、というわけか。

あ。これ、テレビドラマにもなったのかぁ。へぇ~。

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2006年7月 2日 (日)

『真夜中の弥次さん喜多さん 』

まー、こんなもんかぁ。という感じ。

あ、でも、嫌いじゃないかも。

色が鮮やかな映画って、私は好きだしなぁ。何か壊れてる映画も。

それにしても、「東海道中膝栗毛(←字、あってるかなぁ?)」がこんなことになるなんて・・・。よくもまぁここまで壊したなぁ、と思う。

お笑い芸人さんもいっぱい出ていたしねぇ。

「笑」だとか、「喜」だとか、そんな中に「リアル」を求めて、全然リアルじゃない旅をして、最後にはお互いの存在だけがリアルだーとか言って。なんのこっちゃ。。。まぁ、そのむちゃくちゃさが、逆にうそ臭くないというかなんというか・・・。

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